今回は、お金について書きたいと思います。

僕自身には、お金に対する恐怖がありました。

皆さんはお金に対してどのような思いをもっていますか?

ある人は、物やサービスと交換できる道具であるとか、他には友達のような感覚であるとか、お金の本を読むといくつかのお金に関するそれぞれのとらえ方について書かれていることが多いです。

僕のお金に対する恐怖について、今はないですが、それまであったのは何故かを書きたいと思います。

僕の家は、縫物の工場を自営業でしていました。

あるブランドの下請けのそのまた下請けです。

いつも製品の納期になると母親と父親が夜遅くまで仕事をしている姿を小さな時から見ていました。

そして物心ついた頃には、縫物の生地や製品を運んだり、他の会社や内職をしてもらっている人の所を父親と回っていました。

小学生の夏休みは、ミシンを踏んでの手伝いもしていました。

一工程1円でのお手伝いでした。

皆さんはそういった経験をされた方は少ないと思います。

このころから僕はお金や仕事についてよく考えるようになっていました。

それまではただ友達と遊んでいるだけで勉強もあまりしてはいませんでした。

働くことを身近に知ってから僕は家の手伝いと勉強をしたいという思いが沸いてきました。

それまではやんちゃで、勉強も普通かそれ以下でした。

小学4年生の時に、母親に「勉強がしたいから塾に行きたい」と言いました。

それまでは水泳や習字を習わせてもらっていましたが、勉強なんてほとんどしてこなかった僕に母親は「一年考えて、それでも行きたいなら、いいよ」と言ってくれました。

それで一年間家業を手伝い、自分で二宮金次郎のように学校の帰り道に教科書を読んだりしながら過ごしていました。

こうした生活を一年して、塾で勉強をしたいとの思いは変わらず、勉強をして家業の少しでも役に立てればと思い再度、母親に塾に行きたいとの思いを伝えました。

それですんなりオッケーをもらい、友達が誘ってくれた小さな学習塾に通い始め、勉強も本格的に頑張るようになりました。

中学は受験をしたかったのですが、そこまでの学力はなく、僕の田舎では中学受験自体が珍しく、普通に公立の中学校に進みました。

そこでも家業の手伝いと勉強を頑張り、40数人の学年でしたが、成績は学年で2番か3番かになっていました。

中学では学業も順調で、部活の卓球部では賞をもらったり、美術のコンテストで入賞したりと順風満帆でした。

それがある時を境に変わっていきました。

中学3年生のディズーニーランドと東京への修学旅行で、浅草でおみくじを引き、それで凶が一人出たのです。

人生初の凶で、凄くショックでした。

そして不吉な予感を感じました。

それから一週間後にその不吉な予感が当たったのです。

家業の倒産が決まりました。

正確にいうと、うちの工場の上にあった下請け会社が倒産し、社長が蒸発をして、ふあたりを掴まされたのです。

そこから工場は潰れ、家は差し押さえられました。

この時に初めて今まで勉強を頑張ってきたのに何もできない自分に気づきました。

この時に法律や制度、お金の勉強が必要だと強く感じたのです。

蒸発した社長は山奥で自殺をしていました。

遺体の確認に父親が行き、自分も行きたかったのですが止められました。

そこでお金の勉強をしてお金と命までなくなるということにショックを受けました。

それから勉強は今できる自分の最大限の努力であるので、頑張りました。

家はなくなり、母方の実家で皆で暮らすことになりました。

僕にとってこれが一番の困難でした。

子供の僕に解決できるわけはなく、弁護士や知り合いの自営業の人たちが解決をしてくれました。

僕は、最大のピンチを乗り越え、受験は第一志望校には落ちましたが、県内トップクラスの公立高校に進むことになりました。

家に余裕がなく、本当は高校には進学せずに、働こうと思っていましたが、当時の担任の先生が進めてくれその高校に進学することになったのです。

父親と母親は、仕事を探し、働くようになりました。

僕はそこから挫折を経て、高校生活を送ることになったのです。

まだまだいろいろなことがあったので、また機会があれば書きたいと思います。

今はお金や制度、法律の勉強もし、お金への恐怖はありません。

なぜならきちんと、誰も教えてくれるものではないですが、大切なことなので自分でセミナーや書籍などで勉強をしたからです。

皆さんも人生に困難はあると思いますが、諦めず強く生きていって下さい。

僕もそれを示していきます!